初期のエレベータ・ガールのシリーズには、神戸で生まれ、京都で生活する作者の身体感覚ともいえる自然な日本趣味が表出されている。だが、やなぎの場合、エキゾティスムをクールに客体化する先鋭なクリティシズムも備えている。 その批評性は大阪出身で写真を手がける森村泰昌に近いまなざしである。たとえば、植物園や動物園などを含めて、日本の博物館や美術館などの文化施設の建築空間を、やなぎはデパート文化と同様に西洋を参照して発達した人工的なモダニズムとみなしている。森村が西洋美術史を彩る名画に自らの肉体を挿入する方法で、個々の作品に対峙したのとは異なり、やなぎはモダニズムの虚構性を温存し続ける空間自体をテーマにした。そのなかで生粋のマニュアルで飼育された架空のエレベーター・ガールたちが、日本の芸術や文化のメタファーとなる。
つづく>>
(岡部あおみ 武蔵野美術大学教授)[WHITE CASKET解説より]
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