|
連載19
■何かへの旅 (5)
目の前にある現実を離れて内的イメージに接近した、黒かったり白く飛んだりして像のはっきりしない写真や、ボケたり粒子の荒い写真が増えていく。自分の内部に蠢く不安、屈折、憂鬱などを風景に置き換えて見ているのに等しく、一種の自家中毒状態に陥るのだ。
1972年6月号の『カメラ毎日』に載った「櫻花」はそうした傾向を象徴した例だろう。桜は写真よりホンモノの桜を見るほうがいいという結果になりがちな非常にむずかしい被写体だが、この「櫻花」はそうではなく、花よりも幹の形が浮き彫りになって目に見るのとは別ものになっている。森山の優れたイメージ力を証明しているが、同時に桜の花をこれほど陰惨なイメージに作り上げてしまう精神の奥底に何か病的なものを感じてしまうのもたしかだ。絶賛する人がいる一方で、見たくないと忌避する人もいるだろう。
「櫻花」はいわば怪我の功名で出来た写真だった。『カメラ毎日』の山岸から浅川マキを撮らないかと持ちかけられ、リサイタルに行き楽屋ものぞいたものの、いまひとつ気持ちがのらなかった。なら何でもいいから16ページ分を埋めてくれと山岸に言われて桜を撮ることにしたが、水戸に行ったらすでに終わっていて、締め切りも迫ってきて窮していると、井上靖の『化石』という小説に高遠の桜が出てきたのをふと思い出した。役場に電話すると満開だというので早朝に出かけて行き、半日でぱぱっと撮って仕上げたのである。
文学的教養が生み出した一作であり、評判も悪くなかったが、森山はまわりの声が励みにはならないところまで追いつめられていた。
「プリントしているときには暗い感動を覚えたけれど、ごまかしているのが自分にばれてしまっているからだめでしたね」。
「地上」の取材が苦い手応えを残して終わった73年秋、『カメラ毎日』で日本三景を撮る旅に出た。天の橋立にはじまり、安芸の宮島、むつ松島と、カラーとモノクロの両方で撮っていく。その成果を山岸章二は気に入り、日本十景までやろうと提案したが、森山は断った。イメージを捏造している自覚があるかぎり、いくら撮っても虚しいばかりだった。
否定しようとしてもしきれない表現指向とロマンティシズム。本質的に持っているものに振りまわされ、呪縛され、身動きがとれなくなっていく。何を写すとかはもう問題ではなく、撮る意欲を見いだせるかどうか、デビュー当時のような身体的高揚を取りもどせるかどうかだけが問題だった。だが期待に反して、でき上がるものは表現意識が前に出た情感たっぷりの「作品」的な写真ばかりで、しかもそれを好む人はいくらでもいた。
 |
| 櫻花 |
|